11月
30
聞く耳

修学旅行中、大人数で、少人数で、あるいは1人で、色々な形で生徒たちが人の話を聞く機会が多く、また、その状況を観察するチャンスがたくさんあった。
やはり、総じて人の話が聞けない事が多いようだ。

初めは話す人によって変わるのか、とも思ったがそうでもない。
内容によるのかとも思ったがそうでもない。
状況によるのかと思ったがそうでもない。
「話を聞く」という行為を知らないのでは、と思うくらいである。

今からの飛行機搭乗の説明をする添乗員さんの話。
バス中での教員の指示。
バスガイドさんの様々な説明。
ガマに降りるときガイドさんの解説や注意。
まさに今からやろうとしていることの説明。
etc.

自分勝手に何かしている。
隣の友達と関係ない話をしている。
ただ、ぼーっとしている。

うるさく喋っているのを注意して静かにさせることはできる。
顔を話している人に向けさせることはできる。
しかし、話している内容を理解しながら聞かせることが出来ているのかどうかとなると全くわからない。。何故かというと、理解しようとしているかどうかなどという各人の頭の中のことを他人が知る術など無いからだ。
聞いているような顔をしているが、本当に理解できているかなど、わかろうはずがない。
結果はその後の行動となってあらわれる。勝手にどこかへ行く者。何度も同じ質問を繰り返してくる者。何をして良いか判らないからそのまま止まっている者。その段階で注意しても手遅れだよな。

やはりインプットができないのだ。
様々なアクシデントのほとんどは正確な入力ができていないことが原因なのだ、と感じた。
「聞く耳を持たない」のだ。

そのくせ人と違うことになってしまうのを極度に恐れている。
今からで間に合うのか?救うことはできるのか?

「聞く耳」というキーワードで検索したらこんなページが出てきた。かみしめようと思う。

11月
29

今回の修学旅行でいくつか気が付いたことがある。

「気が付いた」ではなく「再認識した」の方が近いか。

昨年、次々と泊まったホテルにて毎食後、コーヒーを飲みたいと思った。
だからホテルの人に「コーヒーはありますか?どこかで飲めるところありますか?」と尋ねた。もし食事にコーヒーを含んでいないのなら自分でオーダーして飲むつもりで。
しかし、だいたいの所ではサービスでコーヒーを求められていると思うのか「しばらくお待ちください」と引っ込み、責任者らしい人が出てきて、普通はコーヒーはサービスしない旨の説明をしてから「特別にお出しします。時間がかかりますが少々お待ちください。」と、手続きがややこしかった。
その事を添乗員さんに、自分で払うから食後のコーヒーを手配してくれないですか、と話をしたりしたのだが、なかなかわかってもらえず結局全部自分でやった。

今回、最初のホテルで同じ事を望んだ。ホテルの方は「大変申し訳ありませんが修学旅行の場合、食後のコーヒーはサービスに含まれておりません。しかしコーヒーをお入れすることはできます。別料金になりますが。」と明確にしかし丁寧にお話しいただけた。「もちろん自分で払います。お願いできますか?」
大変スムーズだったことに気をよくした。
次の朝、何も言わなくてもコーヒーが出た。おっ!とびっくりした。それだけでない。別料金ではないのだ。
さらに。次のホテルでも、何も言わないのにコーヒーがある。さらに次のホテルでも、打ち合わせでコーヒーが出てきた。
先のホテルで「修学旅行の場合、どのホテルもコーヒーのサービスはしない」のだと明言されたのにもかかわらず。ホテルの対応が一律にサービス良くなったわけではあるまい。

===

長々とコーヒーのことを書いた。たかがコーヒー一杯。されどコーヒー一杯。
あの状況の中、コーヒー一杯が普通に出てくるには確実に誰かの配慮があるはずだ。誰かの指示であると考えた。誰だろう?
我々教員は無粋だからそんなことに気が付くはずはないし、気が付いたとしても一つ一つ指示する余裕は無いと思う。
たぶんこの場合、できるのは添乗員さんだけ。
今回同行した添乗員さんが、私が自身で払ってコーヒーを飲んだことをどこかで知って、先回りしたのではないだろうか。きっとそうだ。

このことだけをとってみても今回の添乗員さんの質の高さが解る。かゆいところに手が届くのである。
そうやって思い起こせば、気が付かないところでそういった配慮がたくさんあったのだろうな、と推測できる。
毎日の反省会の手配。
何かトラブル前に手を打ってある手腕。
クレームの処理。
事前の予知とその対策。
同行している部下への配慮。
素晴らしいと思った。

そういう意味で昨年は私自身、様々なことで随分イライラした記憶がある。
お世話になる(マリンスポーツなどの)現地業者さんと話をしたが、そちら側も同じようにイライラしていたみたい。結局、学校と現地業者の間で随分ギスギスしたやりとりになってしまったのは、間に立つ人の采配如何だったのだと思う。

結局「人」なのだ。

今回は添乗員S氏が素晴らしかった。
最後別れる時に「楽しい旅でした。本当にありがとうございました。」と心からお礼を申し述べた。
「この人だったら、次また何かあったときにお願いしたい。」と思った。
決して旅行会社に対して思うのではない。
この「人」に対して思うのだ。
少なくとも私はそう考える。この人だったら信頼できる。託そう!と。
 

バスのガイドさん運転手さん、タクシーの運転手さん、ガマでのガイドさん、ホテルの方々、様々なところで様々な「人」に関わって旅行は進んでいく。
お世話をしていただける「人」と、それを受け取る我々の「人」。
受け取る側、つまり我々(生徒)の「人」が未熟であることは重々承知ではあるが、しかし、ちょっとそれはないんじゃない、と思う状況は多々あった。
「人」と「人」が関わって物事が成り立っているのにそれを尊重できないことは、人としてとても貧弱だ。

特に沖縄で私たち修学旅行に関わっていただける人たちは皆、「平和について伝えたい」と思っていらっしゃる。 

その気持はとても強いのだと今回さらに感じた。

その思いをきちんと受け止めるだけの誠意は常に持ち合わせていたい。

結局は「人」なのだ。
「人」を磨くこと。

そして、かつての師匠の言葉がオーバーラップしてくる。
「音楽はな、人だぞ、人。 教育もな、人だぞ、人。  …技術じゃないんだ。」
教える側も教えられる側も「人」を磨かなければいけない。

どんなことがあっても忘れてはならない。

11月
29
修学旅行四日目

朝から快晴。
最終日にしてようやく。

朝一番で首里城見学をする。
昨年同様、修学旅行生でいっぱい。資料館ももっとゆっくり説明文読みたいしじっくり展示物見たいけれど、ぐりぐり後ろから押されてトコロテン式に動くしか手はない。
たまに横にそれていくつかの集団をやり過ごすが、後から後から押し寄せてくるので焼け石に水なんだな。
それでも、昨年工事中だったところ(書院の部分とか)を見ることできて良かった。真新しいから少し違和感があるものの。

後からガイドさんにお聞きしたら「これでも今日はすごく少ないですよ」ということらしい。

4日間の沖縄滞在を終え、一路セントレアへ、と思いきや、那覇空港で「ただいま中部国際空港は強風のため着陸できない可能性があります。その場合の着陸地点は東京国際空港か関西国際空港に変更になります。あらかじめご了承ください」などとアナウンスされている。
ま、着陸時の幸運を祈るしかないねと、ジャンボに乗り込む。

渥美半島が見えてきて、だんだん高度が落ち、「何だ、大丈夫じゃない?」と思った瞬間、エンジンが全開になり急上昇。「当機は着陸を試みましたが、当社規定の以上の横風が吹いていますので、再度着陸をするために上昇しています。」だとさ。
知多半島をぐるっと一周するような感じで旋回し、再度着陸態勢に。「今度は行けそうじゃん!」
しかし先ほどより若干高度が下がったところで、再度エンジン全開。「あぁ、だめだ。」
上昇しつつ、「あれ、さっきと景色がちがう、西向いてる!」
こりゃ関空に向かうか?もしそんな事態になったらどうすりゃいい?
「当機は再度着陸を試みましたが、やはり当社規定の以上の横風が吹いていますので、着陸中止し上昇しています。滑走路を変えて再度着陸を試みます。今しばらくお待ちください」
進入を逆にするんだ、南からではなく北から降りるんだと理解した。

ようやく3回目は無事に降りた。
少し到着が遅れたけれど、関空まで行かずに済んで良かったよ。
全体的にも特に大きなトラブル無く良い旅行でした。

もちろんこの旅行で色々感じること考えることありました。
それは近々また別の機会で。

11月
28
修学旅行三日目

本日は朝からタクシー研修。

スタートは大変スムーズ。ただ、タクシーに車椅子積むのに苦労するというアクシデント発生。なんとか対応していただき全車定刻より早く出発。

昼食は伊勢海老半身ウニ焼き定食。マグロ刺身付き。漁港の食堂にて。美味かったよ。
他のタクシーも、いつの間にか集合してきた。
食堂はスペースの半分。もう半分はちょっとした市場になっていてそそられる食材が色々有った。けどさすがになまものは無理だな。

ビオスの丘。植物園というか自然観察園というか。
密林の中の川で船に乗る。解説がとても愉快。ここも時間かけて見たいな。
蘭がたくさん。いたるところで咲き誇る。デンファレ一鉢200円。5つ買うとおまけ一つ。悩んだあげく諦めた。和蘭があったら無理しても手に入れたな、きっと。

この後那覇に向かう。
途中スーパーに寄るけど、店が小さすぎて目的のものは手に入らず。味噌三種入手。

夜、国際通りの公設市場で島らっきょ入手。大量購入で宅配の手配。
やっぱり美味い。自家製なんだな。おばちゃんの手作り。新ものの生をかじらせてもらった。甘い。エグくない。
さらに肉屋自家製ラフティなど。

だいたいの目的は果たしたぜ。

こんなことばっか書いていると、なんか仕事してないみたいだけど、これでも一応ちゃんと仕事はしてるんたぜ。目立たないところで。

明日でおしまい。このまま平穏にいくと良いな。

11月
27
修学旅行二日目

曇り。
瀬底島ビーチ。ほんの少しでも日が射せば、と願うが…。珊瑚の浜はきれいだが案外歩きにくいものだ。
パラパラと雨が降る。

昼食場所で「すくがらす」というものを見つけた。アイゴの塩漬け。
瓶入りで一目見た途端、アンチョビーを連想し美味いに違いないと確信した。豆腐にのせると美味いらしい。勿論即ゲット。

今帰仁城跡は一人もしくは少人数で行くのがいいな。鄙びた場所で物思いにふけりたいぞ。

あすはタクシー研修。スーパーの食材売り場に行けるかな?
公設市場は島らっきょを手に入れるためにかならず。

雨らしいが。

11月
25
修学旅行一日目

何故か雨がぱらつく。予報では晴れだったのじゃないの?

いつも思うのだけれども、時間が足りない。

ひめゆりもガマも平和祈念館も。もっと時間かけてゆっくりと見たい。
サトウキビ畑の中で風の音をもっと聞いていたかった。

飛行機到着から遅れ、全て詰めつめ。後ろが詰まっているからどうしようもないけれど。せっかくここまで来てもったいないな。

去年も思ったが、今回も平和についてもっと深めよう、勉強しよう、と強く思う。ボケちゃダメだ。

号車は違うのだけれど昨年のガイドさんに再会した。どうも覚えていただいてたみたい。
誇り高き平和のガイドさん。皆さん素晴らしいです。

明日もさほど天気は良くなる気配はない。私は晴れ男のはずだけどな。

11月
24
続々)昔の

日誌。シリーズでもう少し続くつもりです。

明日から修学旅行。昨年に引き続き再度沖縄。
PCを持って行こうか悩んだけれど、持って行かないことにした。だから、旅行中のWM更新は難しいと思う。ケータイでやれるだけやってはみるけれど。

ということで昔の日誌シリーズ、今書いておこう。
今回も以前(3月頃)、日誌に私が書いたもの。第3回定期演奏会直前だ。
年明けてから、運営も、演奏会の準備も、もちろん練習も、何もかも上手く進まずみんながジリジリ焦げついていた頃。

日誌より。

(2008年3月5日)
「先生の悩みってこれかもね」ってか。
ある意味あたってる。
でも意味は全くの逆。あなた達が邪魔な荷物であるわけがない。
そこまであなたたちを追いつめている自分が苦しい。
・もっと気楽にやればいいのに…!ってこえが聞こえる。
・もっとのんびりここのペースに合わせればいいのにって思う。

でも、それを許せず、私の思うレベルまで行きついてほしくて無理を言い、みんなは、なんとかそれに応えようとしてくれて、でもうまくいかず、追いつめられて苦しんでいる。

そう、原因は私だ。まぎれもなく私が悪いのだよ。だから苦しい。(私に会わなかったらこんな苦しみは知らないですんだのにね)
自分の目指す所にあなたたちを導いてあげられない能力の無さが最大の私の悩み。

あなたたちを「私の仲間だ」と言っておきながら苦しみのどん底につき落としている自己矛盾が苦しい。本当に苦しい。あなたたちを理解できない自分が情けない。

後略〜

直後にさらに書き加えている。
日誌より。

(2008年3月6日)
〜前略

さて。
人間難しい。人間難しい?

考え方を変えて変えてみよう。
「人間難しい」から困るんじゃない。
難しいのが人間なんだよ。

そんなに簡単に人間わかってたまるか!
難しいのが当たり前。

だから色んな失敗するしうまくいかないしハラもたつ。
難しいんだからしょうがない。

でも、だからこそ思いやりが必要で優しさが必要で助け合うことが必要なんじゃないか?

人間、みんな不完全。だから声かけあって痛い所もつつきあってみんなが少しずつそれぞれの足りない所を補うんじゃないのか?

人間だからこそできる事はそういう事なんじゃないか?

何度書いても書き足らないからもう一度書く。
私は120%君たちを信じたい。
だからうわっ面のごまかしの言葉はいらない。
だから心の奥底からの生の声だったらどんな声でも真正面から受け止めたい。
それが、仮に想像を絶するすごい声だったとしても。それを全て受け入れる覚悟はもう既にある。
無条件に120%信じたい。だから私のことも信じてはくれまいか?

この頃は本当に苦しかった。私もみんなも。
しかしそれを乗り越えて第3回定期演奏会の成功まで持っていったんだよな。
しかも、演奏会前日深夜まで(いや、…明け方まで…だったなぁ)とてつもない苦悩に悶絶していた。
それでも乗り越えられたんだ。
そしてついにこうなる。

信じること。奇跡を生むこと。この記憶しっかりと胸に刻む。

11月
23
本番三つ

昨日二つ。

いなり楽市。朝10時からいっぷく亭前。
朝一番で合奏してから、積み込み移動。
移動や準備の時間もぎりぎりでなく。一つ一つ私が指示をすることもなく。なんとか想定通りの動きが出来てた。そう言う意味では随分進歩したと思う。
しかし、寒かったな。音程はシビアに合わせるの無理だよ。でも、本番で音出しながら少しずつ合わせようとする努力はもう少しあっても良いと思う。

11時直前に終わってすぐ移動。いなりの中で11時30分から本番だから、ここはギリギリだと思った。出来るかな?
車で運ぶのではなく人海戦術の方が早いと思い、何往復かして運ぶように指示。
どうしてものものだけ車で運ぶ。人出やイベントでにぎわっている中、なんとか境内に入り込み下ろす。
何とかなったか?と思って自分のスコアと棒を持って出ていったらもう既に総合司会が始まっていて、時計を見たら11時29分。
さらに我々のMCも開始された。定刻スタートだ。
素晴らしい。

先刻よりは随分マシな演奏になる。ただ観客が遠いので一体感はあまりなかったかな。

お世話していただいた方のお孫さんはH丘でバンドやっていたそうだ。どうりで詳しいわけだ。
その方が、終わった後、ポソリと「しかし上手くなったなぁ…」とおっしゃった。私に対してではなく独り言のようだった。少し嬉しかった。
精進料理をおいしく戴いて学校に戻り次の日の本番の練習。合奏。
ああ、忙しい。

で、今日一つ。
新城に行った。初めての小屋。ピットの張り出しステージだが、全体が反響している。
演奏中に響きの悪さは感じなかった。むしろ気持ちよい。客席ではどうかな?

ただ、響くホールは怖い。響きに生音が埋もれてしまう傾向があるようだ。
実力の差が如実にでる。上手いと響きが助けてくれる。下手だと響きに負ける。
何度かこの小屋で練習してみたいな。

演奏は、「ま、やることはやった」感じ。決して悪い印象ではない。もちろん課題は山積み。これから一つずつ潰していかねば。

本部のモニターでしか聴けなかったけど11人のAN高校のバンドは好感が持てた。1人1人が誠実で一生懸命な音がしていたと思う。見習うべき事はたくさんあるだろう。

最後に舞台係をした。こちらもまだまだ課題はあるが進化は認めらた。
一度に全てを望むのは難しいのは解っている。一つずつ確実に自分の物にしていこう。

何事も「出来る」と信じることから始まる。
「自分は出来るんだ」と信じる事できなくて辛い事もあるだろう。
逃げ出したい時もあるだろう。
でもそれは、出来ないことから逃げるのではなく「自分はできるんだ」と信じることから逃げるのだと思う。

逃げ出したいのは、今まで信じたことがないから、信じてもらったことがないから、なのかも知れない。

でもTSWでは信じることが出来るのだ、と思う。
信じたいと思うことが出来るのがTSWだ、と思う。
だから少しずつでも進化できるのだ、と思う。
TSWにいさえすれば。

11月
22
続)昔の

日誌。

前の続きがある。

日誌より

(2008年1月31日)

〜前略

疑いを持ちつつ信じるのは辛い。それは誰だってそうだ。
じゃ、なぜ疑うのかな? 何を信じるのかな?

昔々こんな事があった。
あるクラスで盗難事件があった。何人もの被害者、かなり高額だった。
調べていくうちに何人かが疑われた。そのうちの1人にバンド部員がいた。確かにそいつは素行も悪く、約束破る事も多く部活やっていれば他の事はどうでも良い、みたいなやつだったから、指導部も担任も「ほぼ黒だろう」と疑ってしまうのはある意味しょうがないと思った。
クラスに行けないようになってずっと音楽準備室に入りびたり、そこで色んな話をした。もちろん本人は「やってない」と言う。さらに「ある事を知っているがそれは言えない。人を裏切る事になるから」と言う。だから「私が疑われている事はそれで構わない」のだと言う。他の先生に言ったのかと聞くと「そんな事学校のセンセイには言えません」「だったら何でおれに言う?」「先生はセンセイじゃないから…」…なんか良く解らんな。

その時私が何を考え決断したか。
やつの家庭はわりと大変で親とうまくいってない。約束やぶる事多いから友達も半信半疑な感じ。もちろん指導部や担任は疑っている。
どこまでが本当かわからないけれど私に対して色々話してくれた。たぶんそれは本人の気持ち。
やつは今誰からも信じてもらっていない。だからこの世の中で1人くらいこいつの事を信じる人間がいても良いんじゃないか。それなら私がその信じる人間になろうと思った。そして、そうした。
殺人をしてしまった息子を「それでも本当はあの子はそんな子じゃない」と信じる母親のように。
「信じる」という事は無条件なんだな。
その時気付いた。信じる、とか、疑う、とかはその人の行為に対してではなくその人そのものに対してなのだ、という事を。より本質を見定めようとすればその行為の奥に何か別の物がある事に気付く。それを見ようとする努力は常に必要だという事を。

〜中略〜

盗難事件の真犯人であったかどうか、それは今でも解らない。もっと時間がたったらおしえてくれる事もあるかも知れないが…。
それよりもヤツがその時何を考え何を悩み何を苦しんだか?そしてその事が年を重ねた今どう生きているか?
そこに少しだけど関わってしまった私が何を信じたのか?さらにその事がヤツの生き方に少しでも役に立っているか?

 なんてことが私にとって大切な事なんだな。

裏切られるのがこわいのならはじめから信じなければよい。
信じたいと思うのなら裏切られる事を含めて全てを信じなければならない。

信じる、という事は 自分の決意 自分の覚悟。
人のために信じるのではない。自分のために信じる。
全て自分の責任において。

その意味で究極の自己中、と言う事なのだな。

こんな事書いているからか、「さすが永遠の23歳!わかいですな!」と、口の悪いかつての生徒から励ましのメールをいただいた。ありがとう。
そうそう、私は弱冠23歳の未熟者だからね。まだまだ青いのです。

11月
22
昔の

日誌。何となく読み返したくなってね。
TSWに来てから3年経ち、日誌もだいぶたまってきたから、どれがどれだったか探しながら、ああ、あのときはこうだったなぁ、と思い出しながら楽しんでいる。

今までこのWIND MESSAGEで紹介した日誌はTSWのメンバーが書いものだったけれど、私自身が書いたものもそこそこある。
メンバーが書いてきたものに対して応える場合もあれば、私から話題提供する場合もある。走り書きの場合が多いから少々脈絡がない事もあるけれど、その当時の生な声だと思う。
今日はそれを少し書き出してみることにした。
「人を信じるって辛いんですかね」という問いかけ(だと思う。自問自答かも知れないけれど…)に応えた形になっている。

日誌より

(2008年1月30日)

信じることは辛いか?って。 辛いかもね。 でもなぜ辛いの?
信じているその瞬間が辛いか? たぶんちがうね。
信じている事、信じていた事が無意味だと感じたときが辛く感じるときだよね。
あるいは「無意味だと感じるときが将来あるかも」という事を予想しているときも辛いかな。でもこちらは「…かも」という仮定の話だからもしかしたら無意味じゃないかも知れない。その時は別に辛くないよな。

 
という事で「信じる事は辛いか?」の問いに対して私の答えは「No」
信じる行為は辛い物ではない。しかし信じる行為が無意味になった時、すなわち信じたのに裏切られたりした時が辛い。という事だと思う。

〜中略〜

私にとって信じるという事は100%か0%のどちらか。中間はない。作らないようにしている。
信じよう! と思ったら無条件で100%だ。
自分の心の中だもの自分でコントロールできる。何がどうなっても100%信じる。
相手がどう?じゃない。自分の中、心の内部の決意だね。
「認められる」とか「信じてあげる」とかじゃない。自分と相手の関係の中で「信じる」のではなく、とにかく自分が信じる。それで良いんじゃないか。と思うが…。というよりそれしかないんじゃないのか。

〜中略〜

自分の中で何をよりどころとしているか、自分がどう考えているか、が問題で、個々の相手1人1人が現在良い人間かどうかなんてあんまり関係ない。その意味で自己中という言葉は文字通りそうだと思う。むしろ、それで何が悪い?と開き直りたくなる。