9月
27

のむくみが随分改善してきた。

ひと頃は朝から晩まで、特に膝下から足首までパンパンに張っていてしゃがむことすらままならなかった。
同じ格好をしばらく続けていると次に動かすことがとんでもなく痛く辛い事が多かった。
指で押すとティースプーンぐらいへこんだままで、触られた感覚も鈍かった。
医者に訴えたら「尿検査大丈夫だし、単に塩分の取りすぎですね、。塩の摂取控えてください。」だけ。

2、3日前に気が付いた。「あれ、しゃがんでも痛くないぞ。」
しかし、別段特に何かしている訳ではない。むしろ特別何かしていないことが良いのかもね。
このところ食事は3食とも人並みにまともな時間にすることができて、睡眠も充分だから、体が休まってきたのだろうか、と思う。
夕食時間が早くなり、就寝するまでたっぷりゆとりの時間があることが良いのかな。
A1cも正常値付近で安定してきたみたい。

今のうちに悪くなったところを修復しないと。
歯の治療も順調だし。

9月
25
歯石

を取ってもらった。

前歯を治した直後なので麻酔が効いて自分の歯じゃないような部分と、確実に自分の感覚がある部分が入り混ざり変な感じ。

やってもらいながら考えた。
当たり前だけど、この状況はとても無防備だ。
麻酔やら注射やら薬やら不気味な器具やら、何でも出てくる。
そしてただ上向きにイスに座り、口を開け、されるがまま。
 (ある意味床屋もそうだな。首筋にカミソリ当てられる!)
「痛かったりしたら遠慮無く言ってくださいね」
とは言ってくれるものの、一瞬の痛みなどはなかなかタイミング良く訴えることは出来ない。
〜しょうがない、少々のことは我慢するか、と腹をくくる。

「相手を信頼しすべてを託さなければこの状況は成り立たないのだなぁ」
と妙に関心しながらされるがままだった。

先回は、
「今日はこの虫歯の根っこにある神経を抜きます。奥歯なので3本か4本あると思います。時間が1時間くらいかかります。また、麻酔を打ちます。よろしいですか?」
〜はい。お願いします。
「これが抜いた神経です。鶏肉の筋みたいですね。これが3本ありましたので全部抜きました。今日からしばらく痛いと思いますから痛み止めを出しておきます。何かご質問は?」
などなど。

「だからこそインフォームド・コンセントは大切だよな」
難しいことじゃないけど丁寧に手抜かり無く。その1つ1つがすべてを任せる信頼につながっていくのだから。
もし信頼が崩れたら?
ん?そうか、簡単だ。歯医者を変えればいい。

この数日、少々すっきりしない気分が続いていたのだけれど、考えの道筋が見えたようだ。
歯石が取れた歯のように、混沌としていた頭の中がだいぶ風通し良くなった気がする。
もちろん現実はそんなに単純じゃないけどね。

9月
23
ぼちぼち

動き出そうかね。

入念な準備が要るだろうが、無駄な時間はない。
エネルギーが有り余っているわけでもない(最近40肩で体痛くて大変!)のだが、あるだけ振り絞ってみようかね。
流れを変えるにはさらなる痛みを伴うかも知れないけれど。
こんな事に力を注がなければいけないのは本当にバカらしいけれど。

でも、私一人では出来ません。
皆さん用意はいいですか?

9月
22
久しぶりに

大きな悔しさを感じた。
 

今まで歩んできた道のり。
悩みや傷の深さ。
自分というものとの対峙。
乗り越えてきた障害の大きさや数。

尋常じゃないモンね。
でも。

夢を持つこと。
辛抱すること。
やり続けること。
何より信頼できる仲間がいること。

かけがえのない宝物ものを手に入れた。
その現れの演奏演技だった。
あなた達の顔は素晴らしく輝いていた。惚れ惚れした。
演技前の緊張した顔も、演技後のとびっきりの笑顔も、結果発表後の悔し涙顔も。

だからこそ悔しい。
何とかして形のあるご褒美をあげたかった。
 

しかし、これがコンテスト。私たちが足りなかったのではく、私たち以上に他が頑張ったんだ。
これをバネにさらに毎日の鍛錬を繰り返すしかない。
 

あなた達はもう、自分の足で歩けるくらいのところまでは来たぞ。
まだヨタヨタだけど。
すぐ転んでしまいそうだけど。
しっかりと地面に足をつけ自分自身の道を着実に歩いていくこと。
大切なのはこの後だ。
 

応援していただいた皆さん、本当にありがとうございました。
朝早くから夜遅くまで休み無く。メンバー以上に心労が重なり大変だったと思います。
TSWは確実に進化しています。
なぜならそのメンバー一人一人が劇的な成長を遂げているからです。
みんなもっと凄い可能性を持っています。これからもそれを限りなく伸ばしていけたらと思っています。
本当にありがとうございました。

9月
20
見て見ぬふり

何度かレッスンに行ってずっと気になっていた。

以前、挨拶のことを書いたりした。今も相変わらずだから当然なのかも知れないけれど。
通り過ぎていく人達のほとんどは見て見ぬふりだ。
気が付いたけれどそのまま通り過ぎ、ではない。はじめから「見なかったことにしよう」な感じである。
(もちろんそうでない人も居るよ。ごく少数だが。)

めんどくさいことには触れたくない、関わると厄介なことに巻き込まれそう、という意識がそうさせるのか、もしくは、何か感じ考えそうになる自分自身を押し殺そうとする防御反応か。

決して腹立たしく思っているのではない。むしろその弱さに同情さえする。
そして改善は極めて困難なのだろうと推測する。特に最近、複数の現場に出向きそれぞれの雰囲気の違いを肌で感じてるから、その比較からもそんな思いがある。
身も蓋もない言い方だが、わからんものはどうやってもわからんから。

やっぱり内部変革は絶望だろうか。
これではダメだ、という世論が盛り上がれば政権交代をして風土の変化もあり得るかもしれないが、一方で、種はあっても盛り上がりは広がらないかもね、という気もする。
いくら騒いでも、騒ぎ損を感じてしまったら余計なエネルギー使いたくなくなるからな。

だから、こちらも見て見ぬふり、聞いて聞かぬふり。情けないけれど。

若い人達には申し訳ない!
「何で急に?」「うん、ごめんな」「ま、いろいろだわね〜」「みんなにもよろしくね」「うん、わかった」

9月
19
シルバーウィーク

だそうだ。世の中は5連休。
秋のこの季節、バンドは出演が色々忙しいから、そんな簡単にお休みの恩恵は受けられない。

私は仕事だ。だから世の中休みが続いても全然構わないけれど高速道路の渋滞は困る。私にとっては生活道路。遊んでるんじゃないんだ。休日関係ないし。
高速道路無料化になったらどうなるんだろうね。もっと酷い目に遭うだろうか。それとも曜日がもう少し分散して混み具合も平均化するかな。
 

今日はバンド二つ掛け持ちで移動が高速道路。東名上りは混んでなかったが下りが大変。報道によれば豊田JC先頭に39Kmの渋滞とか。
入ったICが岡崎なので豊田JCまでそんなに距離があるわけではなく、渋滞していた割には案外スムーズではあった。

明日はもう少し遠くまで。
行きも帰りも渋滞にどっぷり浸かるだろうな。

9月
18
三日後に

3年計画その後。

本当に様々な事があって1つの本番がある。
一番大切なのは、その場にいて、そこで音を出し演技をした人が、何を考え何を感じるか。
その事がその人のその後にとって大切なことになり得るか。
 

最近呼ばれていくつかのバンドでレッスンをしている。そこでこんな話を聞いた。
「コンクール前の練習では、感情を捨てて音程を合わせてください、っていう練習をしていたんですよ。私は違うと思うんですけど、そうでなければ東海大会には行けないから、って。何か違いませんかねぇ?」
「東海大会に行くこと」が目標だったらそれでも良いのかも知れない、と思うのは大きな間違い。最近のコンクールはそんな悠長なことでは太刀打ちできないところまでレベルが上がっている。

そりゃ、音程は合ってたほうが良いに決まってます。いや、合ってなければ論外でしょう。でもそれだけじゃダメ。いくら音程が合ったからといって東海大会に行けるほど簡単じゃない。
もっとも大切なのは「音」ではなく「音楽」だからね。サウンドではない。
「音」は単なる素材・材料であって決して料理の完成品にはなり得ない。

その辺りの「音楽の本質(?)」みたいな話は、もちろん色々な考え方があって良いのだけれど、しかし、見て見ぬふりをして議論さえしないのが現状だと思う。
だから吹奏楽の若い世代が「良い音楽」=「金賞・代表になること」と見事に短絡していくのだろう。
ただでさえ日常は「人の豊かさ」や「心の温かさ」に気付きにくい生活をしているみたいだから。

そういった事を少しでも伝えていかなければ「音楽」はより貧弱になってしまう。つまりそれは「人」が限りなく貧弱になっていく一番の要因なのではないか、とさえ思っている。
 

TSWではとにかくそれを伝えたいと思ったし、力の限り伝えたつもり。

伝えていく条件としては難易度の高い環境だったと思う。
超強力形状記憶合金。自身の性質もさることながら風土も手強い。
厳冬氷点下20度の中で湧かしたコーヒーが、口元に持ってくるまでに冷め切ってしまう。何度湧かしても同じ事。体を中から温めたいのに…。そんな感じと似てる。でも…。

人としての力を取り戻してくれたのは一人や二人じゃなかったと思う。お互い苦しい苦しい道のりだけれど乗り越えた人には解るだろう。
現状だってそうだ。みんな必死で自分を取り戻そうとしている。もしかしたら周りのオトナの思惑とは違う方向へ行くかも知れないけれど、それが「自分らしさ」につながるのならそれで正解だと思う。自信を持てばいい。

音楽ってそんなことが滲み出てしまうのだよ。さらにマーチングは動きが伴うから、視覚によって誰もが見抜くことができるようになる。
「誰かに厳しく調教されたからしょうがなくやる」のではなく「自らの意志で高い集中力を持って一歩を踏み出す」演技をして欲しいと心から願う。
TSWなのだから。

3年計画その後。誇りと自信を持つ準備は出来たか?

9月
16
昔書いた

いくつかの曲をある本番で使っていただけることになった模様。

全部で3曲。
原曲があってそのモチーフを使った30秒程度のファンファーレ。
同じテーマをトリオに使ったマーチ。
ゆうあいピックという全国イベントの開会式マーチング企画のために書いたメドレーオブKYU。

3曲とも全くのオリジナルじゃないんだな。とはいってもそれぞれ頑張って書いた曲ではあるのだ。

先ほど本棚にあるメドレーオブKYUの楽譜を確認してみた。
どうしてもパート譜が見つからない。スコアは発見したけど、初演の時にした手直しがあった。それはたぶん現在は徹底できていないだろうな。
さらに、使っている楽譜ソフトがLOGICで楽譜が綺麗ではないし。(シンセシュミレーションの為にFINALEを使わなかったのだろうと思われる。)
そうだ、きちんと浄書し直そう。FINALE2009の新機能試す為にも。
 

TSWもこの本番出ることになっているんだけれど、残念! 3曲とも演奏はできない。
その本番はたくさんのバンドが集まるがそれぞれは地区の合同バンド(TSWは東三河合同バンド)として出演することになっている。
その3曲の演奏場面として、ファンファーレは全員入場前、マーチは全員入場のための曲、フィナーレはみんなで踊りなどのパフォーマンスをするらしい。演奏そのものは他のバンドが担当する。

演奏したかったらまたの機会に是非どうぞ!!(もっと他にも色々あるよ!!)

9月
10
豊浜

に行ってみた。
漁港内に入るのは久しぶり。
いつの間にか新しい桟橋ができていて釣り公園になっている。

看板に紀州釣りのダンゴは禁止って書いてあった。
単純に撒き餌禁止とかじゃないんだね。

日差しは相変わらず強いけれど、さわやかな風がそこそこ強く心地よい。
皆さんのんびりと釣っている。(ということは釣れていない、ということなんだね。)
港内で竿を出している人もちらほら。
なんと生餌の自販機もあった。石と青。1パック¥500でどのくらい入っているのかは解らない。
ここは大きな駐車場で釣り場はすぐ。綺麗なトイレもあるし、ファミリーにはもってこいだね。

竿持ってこれば良かった、なんて思いながら眺めていたが、セロリは色んな臭いが気になるらしく、落ち着かない。昔、腐ったサビキ用のアミエビを背中にこすりつけて異臭の塊と化し、とんでもない目にあったことがあるので、そうそうに引き上げお魚広場へ。
以前に比べて鮮魚の割合が減った気がする。特にめぼしいものはなく。

帰路、美浜の小さなスーパーに寄った。
初めてのスーパーではチェックする項目がいくつかあるのだが、特に最近気にしている商品がある。
近所で見たこと無いから、こんなところで(失礼!)有るわけ無いよな、と初めから期待せずにチェック。

それでも、見慣れないものや、案外珍しくて普通では置いてないものがある。
へぇ〜、ここ案外頑張ってるねぇ、と思ったら、あ、あった!
最初はあまりにも普通に並んでいて気が付かなかった。

焼き肉のタレなんだけれど、何につけても美味いらしい。豆腐とかそうめんとか。ご飯とこれさえあれば他は何にも要らない、という人もいるぐらい。
青森ではみんな知ってるとテレビ(秘密のケンミンショー)で紹介されていて、欲しかったのだ。
青森特産のリンゴとニンニクをふんだんに使った焼き肉用のタレ。
「通販で入手かぁ、でもまとめ買いじゃないと送料損だし、どうしようか?」と思っていた矢先。
しかも安い。(と思ったら通販直販よりも少し内容量が少なかった。)
で、思わず残っていたもの3本買い占め。塩タレもあったので1本。

思わぬものが手に入り、楽しみだ。

9月
08
ある楽曲を

調べるために、その管弦楽原曲CDをネット通販で入手した。ポケットスコアも別の通販で。
両方とも頼んでから3日ぐらいで到着した。代引きなので、玄関先で支払うだけ。

便利な世の中になったなぁ。と思う反面、実店舗は無くなる、あるいは私が欲しいようなものの売り場はどんどん縮小されてしまうのも事実。
実はその数日前に近所のCD屋をハシゴして見つけられなかったんだ。だから普段あまり買うことのない吹奏楽のコンクール全国大会CDで急場をしのいだのだ。

で、ついでだから聴き比べ。

始めに全国大会版を聴いた。なるほど、全国大会だ、という演奏。
うん。上手いよ。個人もアンサンブルも。破綻をきたさないし丁寧だ。しかもスキがない。

一方、オケの方は…。
フィルハーモニア・フンガリア、棒はドラティ。
ん?所々音程悪いし、合わないところある。
日本のコンクールだと何やらかんやらダメ出しされてしまいそう。

でもね。
音楽的にはこちらの方が格段に素晴らしいと感じるのだ。

何故だろう。何故そう感じるのかな。自分でも説明ができない。
同時に買ったキーロフ歌劇場オケ・ゲルギエフの春祭やロシアの名曲集でも同じように感じる。

嫌いな人はきらいだろうな。
普通は解りやすい技術の優劣やできあがりの正確さで判断するだろうから。

音楽の本質はそれだけとは限らない。その背景にある心の豊かさとか、生きている価値とかがにじみ出てるのかも知れない。
とは言っても確かめることは難しい。目に見えないし、定量化できないし。定量化できないことなんか誰も見向きもしてくれない。
 

が、しかし。
夏休み中のNHKラジオ『夏休みこども科学電話相談』で
「なぜ楽しいときは時間が経つのが早いのですか?」
という質問に対し、見事に科学的に証明していたのは印象的だったなぁ。
どんな説明するんだろう、と興味津々だったが、脳科学の実証データに基づいた明快な説明だったよ。しかも小学生にもわかるように。

見えないことだから、解りにくいんです! と開き直ってばかりじゃダメだ。
勉強しなけりゃな。