4月
28
観始めてしばらくは

飛行機乗りと、ゲームのような飛行機戦闘シーンと、そこに絡むいくつかのエピソードが淡々と進んでいく感じ。
一体全体どんな背景でストーリーの本流はなんだろう、と考えながらも、普通のアニメ部分と戦闘シーンCGがあまりにも違い、その違和感で気が紛れて退屈にはならない程度。
最初の方で「キルドレ」とか「僕たちはオトナにならない」とか良くわからない単語が出てきてその意味を考えてもいたから、CG駆使の(たぶん自慢の)細かい飛行機戦闘シーンはしっかり観れていたかどうかは判らない。

しかし観終わったら、改めてもう一度しっかり観たい、と思い直す作品だった。戦争法人(戦争請負会社)の存在とか、主人公のセリフ「何度同じ道を歩いたって良いじゃないか」とか、を考えたくて。

============
タイトル
 スカイ・クロラ
 The Sky Crawlers
監督
 押井守
原作
 森博嗣
【2008年 アニメーション映画】

============

人間によって作られた「物」が人間の為に利用されていく。ごく当然。だが「物」の定義って何だろう。
アイボに対しては笑って済ますこと出来た。アシモは技術の進化って凄いぜと感心する事ができた。でも近い将来猛烈な勢いでメカや素材やiPS細胞なんかの技術が進んでいってしまうと「物」が「者」と区別つかないことになるかも知れない。そうなった時果たして人間は、区別の付かない「物」に対してどのような対応が出来るのか。
キーワードは「心(の在りよう)」か、これは昔々からずっと(これからも)変わらぬ大切なテーマだろう。だから多くの作品で物と者の線引きが曖昧になったそれぞれの側での悲喜交々を主題にするわけだ。
ここではさらに踏み込んで「機械に心はあるか?」ではなく(乱暴に言ってしまえば)「ペットは家族か家畜か?」に近い。

もう一つ気になるのは、スポーツニュースを見る感覚でその状況を受け入れている人達。
仮にその状況下では私自身はどうするのだろうか。どうすることが出来るのだろうか。
詳細を知ろうとせずに高みの見物を決め込む無知は避けたい、と思う一方、知ってどうなる?何が出来る?な感じもある。
きっと、知った上でしかし何も出来ない自分の無力に腹が立つことくらいしかできないんじゃないか。
で、観終わった後に少し苦しさが残るのだと思う。
せめてその苦しさはリアルに覚えておこう。

4月
27
DVD鑑賞メモ

まだVHSビデオが全盛の頃は頻繁にレンタル屋通いしていたが、いつの間にか全く行くことが無くなっていた。
数年前にいくつかのきっかけが重なり復活した。それからは近くにある何軒ものレンタルDVD屋(数軒は無くなってしまった。珍しいモノが多かったのに…)にとっかえひっかえ通い、かなり沢山の映画やドラマシリーズやアニメを観てきた。

沢山観たといっても、話題の新作が出る度にすべて観たわけでもないし、名作と言われているモノを選りすぐってるのでもなく、棚を見てなんとなく選び、一つ観てはその作品の監督や俳優の関連に手が伸び、特典映像で入っている他の予告編で繋がっていく、といったようなもので数が多いだけでさほどたいした事ではない。
が、数を観てきた中で強く思うことはある。「素晴らしい!」あるいは「面白くない↓」と判断を重ねていくうちに、なぜそう思うか、という自分の価値基準が少しずつ見えてきたように感じることだ。世間での評価(今はネットを覗くと膨大な口コミがある。便利になった…)と必ずしも一致しないことがよくあるのだが、一致しないことでさらに自分を掘り下げるきっかけにもなる。

「で、だから何?」なんだけどね…。

今頃になってようやく観溜めてきたものを吐き出したくなってきたもよう。
少しずつ新鮮な風やたまには突風が入ってきて、滞って澱んでいた頭の中を掻き回し、強制リセットすること無しに循環浄化が進んできたように思う。そしてゴミが少なくなった分考える範囲が増えたような。

結局、インプットしなければ新しい演算はされない(ただし無理に入力すると壊れる!)ということ。そして、少しは演算できたみたいなのでそれなら出力したくなった、というわけ。

頭の中メモリー多くないから断片化されたり脳内消去される前に物理的に書き出そうと、WIND MESSAGEに「観」カテゴリを新設しました。整理できたところから少しずつ出力します。
ただし演算したくなる作品内容を(心ならずも)選んでいるだろうから出力段階で既にフィルターはかかっているし、紹介というよりは自分のための覚え書きになると思います。
さらに、ネタバラシになっていたらゴメンなさい。

では、ポツポツとあげていきます。

4月
26
ようやく

見つけた。10年以上探したと思う。
男乃カレー


オリエンタル男乃カレー

かつて食したことがあるようで、素晴らしい印象のみが微かにあるのだがどこを探しても見つからなかった。
商品名の記憶も怪しいし…。(もちろんネットでは入手方法有るのだろうが、実店舗に置いてあることにこだわって。)
愛知県の会社だと思う。
だから地元には置いてあるはずなのに…。

先日ふらっと「こんなところに出来たんだ」と入った驚安の殿堂。例のように雑然とした狭い通路を抜けながら様々見て回った後、念のため食品売り場を確認した。
レトルトカレーは普通のスーパーより多く並んでいる。
ずーっと確認していって…、あ、有った。しかもビーフとチキンの2種類。(実は2種類有ること知らなかった!)
やった!ついに発見!
しかし、高い! たかがレトルトカレーなのに。置いてあるどれよりも高い。この店ですら、なんと1食398円。
近所のスーパーに置いていなかった理由がなんとなくわかったような気がする。

とにかく入手。帰宅し早速いただく。
文句なく美味い。レトルトでなくてもここまでのモノは少ないのではないか。

それぞれ中に入っている大きな牛肉と鶏肉のかたまりがどうしてもレトルトっぽい事のみ気になる。しかしそれでも大きさはレトルトの域を超えている。

ただ、次回ここで手に入れられるかは判らない。近所のスーパーで扱ってくれるようになると良いのに。

4月
09
深みにはまっていく

WEBサイトに出会った。久しぶりだ。
ここにも書いたけど、始まりはFB知人のシェア記事。
へぇーと感心して、そのまま「友達」にしていただいた。そしてタイムラインに記事が並ぶようになったのだが、大半はtwitterから流れてくる一見脈絡のないつぶやき。でもその断片の中から時々見つかる興味深い事々。
そしてすぐさま底なし沼のように広がるブログに誘導された。
片っ端から読んでいきたいという衝動に駆られるがなかなかどうして奥が深く、これからじっくりと進んでいくことにする。
いくつかの気になる記事は出先で時間のあるときに読み返そうと最近導入したiPod touchにテキストファイルで取り込む。

その中で、先ほど行き着いた記事。タイトルは「努力する人間になってはいけない」

読みながら、自分が様々な変遷の中で少しずつ変化してきていることに気付く。そして今このタイミングに至って劇的に変わるのではないか、という気がしてきた。いや単に「変わりたい」という希望が明確になっただけなのかも知れないが。
少なくとも、焦げつき固着していたのであろう自分の思考が動き出した感はある。

実は先日、熊野に詣でた。三山フルコース。
帰り道、信号で止まっている私の車の直前を、道路の左の端から右の端へチョンチョンと飛び跳ねながらカラスが横切った。
カラスに呼ばれたような気がして何度も繰り返し熊野に行っているが、今回は10年程前に始めて熊野詣でをしたときのような晴れやかさはなく、なんとなくただこなした感じで帰路についていた。だからカラスを見た時も「おやっ」と思っただけで別段どうって事はなかった。
が、妙に気になっていたみたいで、上述のブログ記事を読んでいたときにパッと何かがはじけた。

なるほど。そういうことか。
と感心していたら一つ仕事が来た。

そうだ。そういうことだ。
…きっと…。

あ、決して神がかりって事ではないのですよ。