7月
28
ウィントン・マルサリスの練習方法12項目

先の投稿で紹介した
MARSALIS ON MUSIC
TACKLING THE MONSTER
での、一番の主題は練習の方法。

マルサリスは次の12項目にわけて説明してる。

WYNTON’S WAYS TO PRACTICE
ウィントンの練習方法

Seek Private Instruction
 個人教授を受ける
Make A Schedule
 予定表を作る
Set Goals
 計画を立てる
Concentrate
 気持ちを集中させる
Relax Practice Slowly
 ゆっくり練習する
Practice Hard Parts Longer
 苦手な部分に時間をかける
Play with Expression
 歌うように練習する
Learn from Your Mistakes
 失敗から学ぶ
Don’t Show Off
 ひけらかさない
Think for Yourself
 自分で編み出す
Be Optimistic
 楽観的になる
Look for Connentions
 すべてを関連づける

20年くらい前の幾分古い動画。マルサリスも小澤もヨーヨーマも若い!!
調べたら今もDVDで販売中のようです。
“マルサリス・オン・ミュージック with 小澤征爾 Vol.2 [DVD]”

7月
27
モンスターをやっつけろ

いままでも何度も見ていた動画を久しぶりに見直した。

MARSALIS ON MUSIC
TACKLING THE MONSTER

ウィントン・マルサリスが自分の仲間達や小澤征爾と一緒に学生たちの演奏を通して音楽についていろいろな角度から解説したり演奏したりする番組シリーズのうちの一つ。
モンスターをやっつけろ

モンスターとは、上達するために避けて通れない「練習」のこと。
この番組は、ヨーヨーマ(チェリスト)がマルサリスにJAZZを習う、というような含みを持たせて進んでいく。

そこで見付けたのヨーヨーマの言葉。
学生3人とアンサンブル(3つのオレンジへの恋/プロコフィエフ)のレッスンをしている場面にて。

ヨーヨーマ
 話をしよう
 3人で組んで演奏するのは初めてだよね?
 僕とも会ったばかりだし演奏しにくいかい?
学生1
 はじめは当然演奏に食い違いを感じますが
 理解し合うことで調和の取れた演奏家が可能です
ヨーヨーマ
 変な質問をするよ
 メンバーにすごく嫌な人がいた場合どうする?やめてしまう?
学生2
 その人の立場になって考えるよう努力して自分と違う考え方を理解するようにします
学生3
 どの人の考え方も大切なので尊重し合わないと
学生1
 お互いに信頼し合うことが大切です
 自分をさらけ出し合うんです
ヨーヨーマ
 仲間とはいえそれは難しいときがある
 あまり親しくない人の場合だ

 でも共通のの目的があれば一つにまとまる
 音楽への情熱だ
 僕たちも音楽に命を与えようという確かな目的でここにいる
 …
 演奏に戻ろう


 でも共通のの目的があれば一つにまとまる
 音楽への情熱だ
 僕たちも音楽に命を与えようという確かな目的でここにいる

12月
10
コンサート

今年は、このところずっっっっとご無沙汰していた「コンサートを聴きに行く」ということを、何度もした。
しかし、ショー、リサイタル、大小のオケなどを聴いて、やはりどうしても演奏されている音楽の世界に純粋に入り込んでいけないことを感じた。

理由ははっきりしている…と思う…。それがご無沙汰していた原因なのだが、再認識してしまった、というのが正直なところ。

そして先日、またもう一つ別のコンサートに行った。歌メインなのだが伴奏が14人の小さなオケ。
そしたら、今回はなんだか心の琴線に触れた。大いに心が動いて幸せな気分に包まれた。今でもまだ余韻がある。
歌はもちろん素晴らしかったが、オケも大変素晴らしかった。暖かいのだ。生きているのだ。

こんな気分になったのは、かつて、友人の結婚披露のパーティで新婦本人が歌った歌を聴いた時以来かも知れない。

きっと、歌(音)を通してもっと別のものを聴いたのだろう。そして、だから自分は音楽が好きなんだな、と強く思った。

素晴らしいコンサートをありがとう。
かけがえのない、星ふる夜のクリスマスプレゼントでした。

11月
19
スローガン

エルシステマのスローガン
「奏でよ、闘え!」
について、突然に何か腑に落ちる感じがした。

ようやく気がついたみたいだ。
「闘う」とは相手を倒すことではなく、自分自身に決着を付けることだ。

そうか、闘っていないな。いろんなことがモヤモヤなままだ。

これでまた少しだけ前に進める。

8月
07
一区切り

6月に入ってから休み無くずっと続いていた吹奏楽コンクールへ向けての様々な取り組みが一区切り付いた。

多くの団体に関わるので、それぞれの個性とがっつり組み合って真剣勝負していると体力的に苦しいと思うときがごくたまにあった。(年齢のせい??、いやバンドのレッスンはパワーがいるのだよ!)
それでも、真剣に対峙して若い人達からたくさんのパワーもいただくから、次の日また同じように活動できる。ありがたいことです。

順調に出来たところ、準備に手間取ってしまったりなかなか思うようにいかなかったところ、逆に思った以上の成長を遂げたところ、様々だけれど、どこの誰もが、若くてしなやかな感性に何かがしっかりとどまって、この先の力になることは間違いないと思う。
そして、私はいつもそんな皆さんからパワーいただく。
 

今年も様々なエピソードがあるのだが、今は一つだけ書き記そうと思う。
N高校の付箋

(たまたま見つけて暗いところを急いで撮ったからか、ピンぼけで何かよくわからなくなっちゃった。)
これ、シーズン当初レッスン開始する時に「こんな事やると良いよ」と紹介する、コンクール課題曲・自由曲のダメだし表。
練習時の未解決ポイントを生徒達が自ら付箋に細かく書いて貼っていく。問題点の指摘表だ。解決したら剥がす。

詳しい説明は避けるが、これがきちんと運営出来るバンドは必ず伸びる。

もちろんこの表は「音が合い」「音楽が揃う」ことを目指すためにある。だから、そのだめ出しを指導者が全部していけば同様の効果はあるだろう。いや、むしろそちらの方が効率的かな。
しかし、大切なのはそこに至る道筋をバンドのメンバー達が自ら組み立てることにあると思っている。問題点を指摘することだけにとどまらず、改善のための練習を各々が組織することや、その成果を相互評価することまで、この表は含んでいる。
若い人達にとって、自分以外の者に対して「問題点を指摘する」という行為はかなりハードルが高いらしい。個人的事情を越えて関係者を集め指示をし問題点を解決していくのはさらにハードルは上がる。さらに、そのことを全員の目にさらされながら行うのだ。
集団がきちんと運営できていないとこの表は成り立たない。
だから、練習場のどこかにこの表があると、高いハードルを越えようと皆が強い意志で同じ目標に向かっていることを感じ、すごく嬉しくなる。

上の写真は今年の、ある高校バンドのもの。
やはり、素晴らしく良い演奏をした。練習も皆前向きでとてもスムーズだった。コンクール的にも県代表選考会という本番まで快進撃した。

そうそう、久しぶりに県代表選考会(高校)に行って改めてすごいなぁ、と思った。
グランドハープ2台、チェレスタ、コントラバスーンに、コントラバスクラ、コールアングレ…。ウィンドマシン始め打楽器の楽器クオリティも凄まじい!そんなバンドばかりだった。私立のみならず県立も!!!
一方、愛すべきその高校は、ハープ・チェレスタ有るわけ無い。コールアングレはおろかオーボエすらない。バスーンもない。メンバーでない1年生に至っては担当楽器の不足で別の楽器で練習、しかも交代で!のような、強豪校とは全くかけ離れたごくごく普通の学校なんだな。

本番のアクシデントはそれなりにあっただろうと思う。良くありがちな「吹けてないところは吹かなくて良い」「傷は聞こえないように隠す」の発想は微塵もないから、コンクール的には聞く人にとって印象が良くないこともあったかもしれない。
しかし、全員が音楽の喜びを感じながら、表現という領域に達することが出来た素晴らしい演奏であったと確信する。それは一つの大いなる目標に向かって全員が主体的に精一杯発揮し、しかも誰一人臆することなく音楽に参加していることの証明だ。

そんなバンドの演奏に関わる出来て、今年も絶大なるパワーをいただいた。
本当にありがとう。
もちろん、今年はこのバンドだけでなくそのような展開のバンドが多くあった。それぞれが力を発揮し、音楽をする意味を確認できるような、素晴らしい事が多かった。

ここまで私が音楽や吹奏楽を続けてこられているのは、そんなバンドで頑張っている若い人達がいるから。
本当に心から感謝します。

ありがとう。
ありがとう。

7月
23
どうしたい?

「あなたはどうしたい?」

私が多発する質問。
「このメロディ、どんな風に演奏したい?」みたいな場合。決して一つの正解を求めているわけではなく、その人がどんなことを考えていて、何を目指しているのかを知りたいだけ。それが判れば、「だったらこうしてみたら?」と次に続けることが出来るから。

しかし、それに慣れていないと押し黙ってしまうことも多い。
判らないのなら、「どうしたらよいか判らなくて困っているんです」みたいな事が返ってきても良さそうなのに。
どうしたいのかが判らないのではなく、「その質問の意味がわかりません」なのか。普段、「自分がどう考えるか」ではなく「与えられた指示をどうこなすか」に一生懸命、ような…。

聞き方を変えて「これとそれ。どっちが好き?」にしてみた。どちらかが正解ということではないんだけどね、という前振りの後に。
何もないところから自分の考えを言ってもらうのではなく、あらかじめ選択肢を与えてからの意見を求めたのだけれど、それでもなかなか意思表示に至らなかった。
感じてないはずはないだろうから、それぞれ自分の感じたままに伝えてくれたらいいのに、と思うのだけれど、なかなか上手くいかないねぇ。

で、そんなやりとりばかりしていると時間が掛かって数日後の本番に間に合わないので、こちらから「この場合はこうしたら良いんだよ」と言うと、正解を得て安心したように案外きちんとそれに従っていく。

もちろん「何故そうなるのか」をちゃんと説明する。
時間が掛かって申し訳ないけれど、それが少しずつ積み上がって自分の物になっていってほしい、と願いながら。

1月
29
12回

先週の日曜日は、第12回吹奏楽フェスティバル in NAGAKUTEでした。
参加した学校、団体の皆さん、ありがとうございました。
暖かく力強い、すばらしい合同演奏になったと思います。

毎回感じますが、皆さんから絶大なお力をいただきます。力とはもちろん音楽の力です。
そして、12年の年月をかけて育てられたものの大きさを想います。

来年はホール補修工事のため残念ながら開催できないそうですが、音楽で繋がった人達がさらに繋がり続けることを願っています。

12っていうのは、干支だと一回りだな。
練習後の立ち話で、私と同じ干支だけど一回り・二回り・三回り違う人達が同じステージに載っていることが判明した。さすがに四回りはいなかったけど、客席にはいただろうね。
五回り違うと還暦だよ。この企画もそれくらい続くと良いなぁ。

11月
19
余韻

先日の日曜日の昼過ぎ、本番があった。あぁ、楽しかった。
その時はただそれだけを感じ嬉しかった。

実はその晩、なかなか眠れなかった。
ようやく寝付いて、浅い眠りの中で夢を見た。
今自分が考えていて、やろうとしていて、生きているうちに出来たらいいなぁ、と思っていることが実現している夢だった。
ハッと目が覚め、この夢は絶対忘れてはいけない、と強く思った。

それから、じわじわと、その本番の真の意味が理解できてきたような気がする。

私はかつて、創部昭和4年という希有な伝統を持つ、東邦高等学校吹奏楽部というところの顧問で毎日指導をしていた。
前任からそこを引き継ぐときに様々混乱があり、何も知らずに着任したとき私は全く孤立し、以来私以前との断絶は続き、しかしそのなかで伝統に見合う活躍をしなければならないプレッシャーと戦い続け13年ほどでそこを辞めた。

辞めてからやはり変わらない状態でさらに年月が経ったが、邦吹会という私以前の東邦高校吹奏楽部OBの方々が中心になっているBANDで本番を振ったのが先日の日曜日の昼過ぎ。この日この本番をもって続いていた世代間の断絶がとうとう終了した。

本番最中は、冒頭に書いたように、単に「ようやく繋がることができた」ことが嬉しくて楽しかった。ようやく私を認めていただけたのではないか、と感じて幸せだった。時間はかかったけれどようやくここまで来る事が出来たのだ。

邦吹会20151115

ただ現在私が東邦高校吹奏楽部の現場にいないことはなんだか申し訳ない…。

が、その後じわじわと滲みあがってきた事がある。
私が2曲、そして先代が1曲、この二人でたった3曲15分ほど、その時だけの寄せ集めバンドで街角演奏することが、私個人の感情などとは比べものにならないくらい、とてつもなく大きな意義を持っていたことに気がついたのだ。
今それが大きな余韻となって私の中を駆けめぐっている。

創部以来85年を越える(きっと日本国内でそれだけの伝統を持つスクールバンドはほんの僅かだろうと思う…)伝統が、言葉のみで語られる歴史としてではなく、実際の人と人が繋がって受け継いでいく生きた伝承として蘇りつつある。その時々に関わる個々がいてこその伝統だが、受け継がれ出来上がった流れは人の意図を遙かに超え大きなうねりとなる。そのうねりの中に世代を越えた人の繋がりが厳然とあること。それこそが今まさに生きている文化なのではないか、とさえ思う。

まだまだ「始まり」に過ぎないが、とても大切な「始まり」だ。
その小さな「始まり」も勝手に始まったのではない。それを望み働きかけた方々がいらっしゃってこそ。心より感謝いたします。

記念写真

そして何よりも良かったのは「間に合った」こと、だと思う。本当に良かった。
「望むこと」の大切さ。

その晩に見た夢は「望み続けろ」ということなのだ。きっと。

8月
12
見えてきたこと

前回(自転車と一輪車)からの続き

見えてきたことは、実は新しい事ではない。
今までも見え隠れしながら私の周りにまとわりついていて何かある度に少しずつ顕在化してきた事々なのだが、うすらぼんやりとしか見えていなかった一つ一つの事々は、だから確固たる自信がなかったり、自信はあるけれどその実行に弱気だったりして、どうにも情けない状況だったのだ。(それでたくさんの失望や迷惑をおかけしてきた。本当に申し訳ないです。)

それが今、その一つ一つはやはりどれも大切で、それらを有機的に結びつけていずれ一つの大きな動きにする、という道筋がはっきり見えてきたのだ。そう、いきなり。

今はまだ、その目指すべき一つの大きな動きを説明するのは難しい。
しかし、その全体の大きな動きに中にある一つ一つの要素を着実に進めていくことこそが、それを説明する一番最良の道なのだということは判った。

今現在、実際に動き出している事は二つほど。
始めかけていることが一つ。(これはずっと以前より考えているけれどなかなか進んで行かなくて、そろそろ加速せねばと思っていた。)
これをきっかけに相談開始していることが一つ。
今までもやっていたけれど、もっとたくさんやらねば、と思っている自分自身のこと二つ。
今までもやっていたけれど、もっとたくさんやりたい(でも、こればかりは私ひとりでは出来ない…、どうか依頼してください!)こと一つ。
まだ何もやれていない、けれど、とても大切で必ずそこに行きつかなければならないこと、三つ?いや四つか?

全てが私のイメージの中で明確にリンクしている。
まだまだ見えていないこともきっとあるだろうから、するべき事は数多い。
 

これを書いている最中に、かつての生徒が音楽で活躍しているという便りが届く。(facebookの情報です)
彼女は、「自転車」に乗って縦横無尽に音楽という世界を駆け回っているのだ。
 
たどり着くための大きな力を頂く幸せ。
皆さん、どうか今一度力をお貸しくださいませ。
少しずつかも知れないけれど、私は本気で動き出します。